紅の霧雨





 4月も終わり、5月にもなろうという時分。
 例年通りならリリーも一段落し、春の陽気を満喫する時期である。
 しかし、今日の天気も吹雪であった。
「はぁ……、またあの亡霊が春でも集めてるのかしら」
 紅魔館のメイド長、十六夜咲夜は外の天気を眺め一人ごちる。
「今代の博麗は霊夢以上にサボリ魔だそうだし。魔理沙も昨年逝った。……私が出張らないとダメかしらね」
 亡霊を守る半人半霊の少女を思い出す。以前は未熟な少女といった感じだったが、昨年見た限りではきっちり女性として成長していた。おそらく剣の腕前は外見以上に成長していることだろう。
「今の私で勝てるかしらね……」
 時を止めているせいで見た目こそ十台の頃の姿を維持しているが、年々体力は落ちていっている。
 その分経験と技量でカバーしているつもりだが、あちらは肉体的にもピーク。正直、勝つのは難しいだろう。
「それでも……、いつまでもお嬢様を寒い目を合わせているわけにもいかないわね」
 レミリアはあの頃と変わらず、日々我侭好き勝手に生きている。
 霊夢が亡くなった時は酷い落ち込みようだったが、いまではすっかり元の調子だ。
「……さすがにマフラーだけじゃきついかしら」
 以前はいつものフレンチメイドスタイルでも平気だったのだが、最近は冷え性に悩まされている。
 太腿のナイフベルトを一旦外し、ストッキングを履いて再度付け直す。
 レミリアに外出の報告をし、玄関でマフラーを巻きなおす。
 玄関のノブの手をやったところで後ろから声が飛んで来る。
「さくやーーーーーーーーーーーー!! ちょっとまってーーーーーーー!!」
 振り返れば、白と黒の服に金髪がこっちに向かって猛スピードで飛んで来る。
 一瞬魔理沙の姿がフラッシュバックするが、近づいてきたそれを見て思いなおす。
「妹様?! どうなされたんですかその格好は?」
 魔理沙の服に身を包んでいるのは、悪魔の妹フランドール・スカーレット。
「へっへー、似合う? 小悪魔に作ってもらったのよ〜」
 くるりと一回転。スカートがふわりと舞う。
「よくお似合いですよ。で、そんな格好されてどうしたんですか?」
 魔理沙が亡くなった時一番泣いたのが当のフランである。
 それがまさか魔理沙の格好をしてくるとは思いもしなかった。
「うん、こないだ魔理沙が夢に出てきてね? 私の代わりにおまえが異変を何とかするんだぜって言ったの。だから今日からは私が魔理沙の代わりに異変を解決するわ!」
 意気込んで力説するフランに頬が緩む。
 が、あの魔理沙なら死んでも夢にくらいは出てきても不思議ではない。
 出会った当初は世話のかかる妹といった感じであったが、年を経るにつれ娘のような感じで接していた魔理沙。
 それに晩年の魔理沙はヴワルに移り住み、レミリアやフランの為と、日光遮断の薬を開発していた。
 おかげでフランの狂気も鳴りを潜め、普通に暮らしている。
「それに咲夜もいい年なんだから、無理してないで若いものに任せればいいのよ!」
 そう言って胸を張るフラン。年齢だけで言えばフランの方が何倍も年上なのだが。
 なんだか胸の内が温かくなってくる。若い頃には感じなかったもの。これが年を取るということなのだろうか。
「わかりました。では今回は妹様に任せます。けど約束してください。けっして破壊の能力は使わないと」
 ここ数年能力を使ったのは数度だけ。それもやむにやまれぬ状況でだ。
 大丈夫だとは思うが念には念を押す。
「後は、日光遮断の薬は塗りましたね?」
 魔理沙はきっちりそれを開発してから逝った。今ではレミリアもフランもそれが手放せない。
 99時間の時間制限はあるが充分だろう。
「勿論! これがないと灰になっちゃうからね」
「それと……少々お待ちください」
 そういうと姿が消え、すぐに現れる。
「魔理沙というならこれがないとダメですわね」
 そういって帽子をかぶせてやる。魔理沙のトレードマークというべき黒い魔女の三角帽子。
 被せられたフランは目を輝かせている。
「咲夜ありがとー! って体は大丈夫? 時止めて作ってくれたんでしょ?」
 フランの言うとおり時を止めて作った。おかげでかなり体に負担がかかっている。
 だが、それがどれほどの事か。
 幻想郷において妖怪と暮らした霊夢、魔理沙、咲夜の3人。決して仲がいいわけではなかったが妙な連帯感があった。
 そしてこれはその中で最後の一人になってしまった自分の仕事。
「大丈夫ですよ。ですから妹様は心置きなくお出かけになってください。それと香霖堂に寄っていかれると良いと思います。きっといいものがもらえますよ」
「こーりん堂? うんわかった行ってみる」
 ドアを開ければ一面の吹雪。しかし、魔力が炎のフランには大した寒さではない。
「では、お気をつけていってらっしゃいませ」
「いってきまーす!!」
 箒はない。しかし、紅い線を引き、一直線に空を飛ぶフラン。
 それはまさしく魔理沙であった。







 ストーブがシュンシュンと音を立てている。
 雪のせいか、妙に静かな店内で森近霖之助は本を読んでいた。
「こーりん!! いるかー!!」
「な!! 魔、魔理沙!?」
 大声と共に開かれるドア。表れる黒と白と大きな帽子に魔理沙が来たかと思い、本を取り落とす。
「あははは! 驚いた? 驚いた?」
 が、落ち着いてみれば別人。確か紅魔館の主人の妹だったか。魔理沙の葬式でわんわん泣いていたのを思い出す。
「えーっと君は確か、フランドールだったよね? どうしたんだいそんな格好で。故人をあまりネタにするのは感心しないな」
「違うわよ! 今日から私が魔理沙の代わりにこの異変を解決するのよ!」
 咲夜にしたときと同じように説明する。
「そうか。魔理沙がね。確かに魔理沙なら夢に出てきてもおかしくはないなぁ」
「うん、咲夜もそう言ってた!」
 苦笑する。むしろ悪霊となっても生き続けても納得できるだろう。
 年老いても魔理沙にはそう思わせるだけのエネルギーがあった。
「そうか。じゃ君は霧雨フランドール。いや、フランドール・霧雨・スカーレットかな」
「霧雨……それいい! 今日から私が霧雨よー!」
 魔理沙がこの少女と娘の様に接していたのは知っている。
 だからこそちょっとした冗談だったのだが……。その様子を見ると今更冗談とは言えない。
「なら、これも渡しておかないとね」
 そう言って店の引き出しの奥からある物を引っ張り出し、フランに渡す。
 渡されたのはミニ八卦炉。
「魔理沙の遺品でね。僕が作ったものだからと預かっていたんだが。今なら君が持つのがいいだろう」
 フランは八卦炉をじっと見つめている。
 そうしてそれをそっと胸に抱く。何かを思い出すかのように。
「……」
 無言でそれを見つめる香霖。
 フランが何を思い出しているか。それは香霖にもわかる。
 しばらくそっとしておこう。そう思った。
 が、すぐに顔を上げる。
「ありがとー! それじゃ行って来るね!」
 入ってきた時と同じ勢いで外へ出て行く。
 香霖はそれを懐かしく見送っていた。






 香霖堂を出たフランは真っ直ぐ雲の上を目指す。
 雨雲を突き破り、青空広がる雲海へ。
 遥か彼方に見える桜花結界を目指す。
 そんなフランの行く手に無数の毛玉と精霊。
 パチュリーに教えてもらった通りに呪文詠唱。体の周りに具現化する魔力。
 マジックミサイル。魔理沙のは緑であったがフランのそれは紅。
「いっけぇぇぇ!」
 毛玉に向かって斉射。
 フランの元々高い魔力も相まって、青空に紅い花火が幾つもが発生する。
 だが全てを殲滅するには至らない。たちまち毛玉に取り囲まれる。
「次は……これっ!」
 フランの周囲を真紅のレーザーが無軌道に回転。
 幾つもの毛玉が巻き込まれ四散する。
 ノンディレクショナルレーザー。パチュリーから魔理沙。そしてフランへ受け継がれた。
 正面から二色の弾幕をまきつつ突っ込んでくるひときわ目立つ妖精。
 八卦炉を握り締め、懐からスペルカードを取り出す。
 弾幕を回避しつつ、手の先から八卦炉に魔力を集中。
 だが、そこで動きが止まる。
 不安だった。幾ら格好を真似ても自分は魔理沙にはなれない。
 そんな自分がこれを使っていいのか。魔理沙という存在の証を全て自分が奪っていいのだろうか。
 
 だが、その時フランは確かに感じた。
 自分の右手に添えられる魔理沙の手を。声を。
 (……さぁ往こうぜ、フラン)
 八卦炉を握る指に力を込める。
 魔理沙が見ていてくれる。何を迷う事があろうか。
 「……いくよ。魔理沙」
 それはもう永久に叶わぬ恋の魔法。




 ――恋符「マスタースパーク」




 紅い閃光が蒼穹を裂く。